荒垣は帰宅して自分の部屋に真っ直ぐに戻る。
上着も脱がすに、ベッドに仰向けに倒れ込むと目を閉じる。


「シンジ!シンジ!いるか?」
いつもの声が、聞こえてくる。


パタパタパタ、と軽快な足音を立てて近づく声に、荒垣はわざと渋面を作る。
「帰ってるんじゃないか!返事ぐらい!」
ばたんと勢い良く部屋のドアを開ける音。じろりと横目で睨むと打って変わった丁寧さで静かにドアを閉める。
「返事くらい、……しろよ」
向き直って荒垣が制服のまま寝そべるベッドサイドに、腰をかける。
「何で先に帰るんだよ。せっかく一緒の寮にいるのに」
小さな子供のように唇を尖らせて文句を言う真田を、もう一度睨み付ける。
「こっちはてめえほど体力バカじゃねェ。昨日タルタロス行っただろうが。疲れてんだよ」
大体小学生じゃあるまいし、中学生にもなって一緒に帰りましょうだなんて恥ずかしい。
そう口から漏れそうになる言葉はやぶへびだと喉に押し込む。
それを万が一真田相手に告げようものなら、翌日から確実に一緒に帰る羽目になる。

少し前まではそんなことはなかったのに、最近は余計なことを言うと、言葉尻を捕らえてどうにかひっくり返し、自分の思う方向に誘導しようとする場面が増えた。
だから、荒垣はむっつりと黙り込んで寝た振りをする。

「シンジ、疲れてんなら寝てもいいが、一個だけ頼みがあるんだ」

こんなときの頼み事はいつだって碌でも無い。そう思いながらも片目だけ開けて様子を伺う。
「あのな、象の靴って英語で言ってみてくれ」
期待を抑えきれない表情で瞳を輝かせながら言うほどのことか。
呆れてそのまま目蓋を閉じると、一回だけ、一回だけと五月蝿く言い募りながら身体を揺さぶられる。
「statue of shoes」
適当に答えると、「そっちじゃない!ぞう!ぞうのほうだ!」と真剣な声で抗議が返る。
「どっちのぞうなんだよ」「どっちって」「動物か」「そう」
疲れて眠いと体中で表現している人間に対して何でこいつはこうなんだ。
むしろそういう人間に育てた原因の一つでもあるはずの荒垣は自分を棚に上げて腹を立てる。

絶対答えてやるものか。めんどくせぇ。

「hippopotamus of shoes」

一言残して背を向ける。
背中からそうじゃない、と何度か情けない声が上がるが、背中を向けたまま無視をする。背中を向けるのは終了の合図。これ以上は強請れないと知って渋々黙る気配がする。
その気配に笑いを零さないよう、気をつけながら、荒垣も眠りに落ちてゆく。



ふと、懐かしい夢を見て目を覚ますと、2階に駆け上がる相変わらず軽快な足音。
「シンジ、いないのか?」
近づいて来る足音に、思い出が重なる。

多少の時間経過の恩恵か、いきなりではなく、ノックと同時に開ける真田に目を向けると、変わらない笑顔がある。
この数年ですっかり擦れた自分と違い、相変わらず子供のような。
(ん?)
似ても似つかぬ路地裏にたむろするメンバーを思い出し、意識が分散する。
(なんで、思い出す?)
名前も知らない男の下らない会話を、不意に思い出す。
(ああ、そうか)

「何笑ってるんだ?イイコトでも、あったのか?」
唇を緩ませた荒垣に真田が近づく。片手を伸ばして抱き寄せると、素直に添って目を閉じる。

真田の頭を抱えるように抱くと、荒垣は、微笑みながらもどこか切ない気持ちで、声に出さずに唇を震わせる。

(elephant shoes)

きっと最後まで言わないだろうから。
この言葉も、見せはしない。




イズミ
080528


モドル