ぞう、と背筋からうなじにかけて寒気がする。
それが影時間の始まり。窓から差し込む月明かりは緑を帯びて妖しく輝く。
洋服を着たまま仰向けに倒れこんでいたベッド。
幾月はそこからゆっくりと上半身を起こす。

薄く微笑んで、僅かにずれた眼鏡を神経質に直す。
窓から見える月は大きく、月に従うようにタルタロスが聳え立つ。

ベッドサイドに設置されているPC群のスイッチを入れる。
本来ならば動かないはずの電子機器たちは唸りを上げて起動する。
次々と点灯する小さなディスプレイ。映し出されるのは月光館学園の正門。
ポートアイランド駅。そして、彼のこどもたちの眠る寮。
以前からの寮生二人は静かに眠りについている。
先日入寮したばかりの少女は、眠れないのか、何度も寝返りを繰り返し、不安な表情を見せる。
幾月は、主のいない部屋を映し続けるディスプレイを愛しげに撫でる。

こどもたちが揃い、タルタロスに挑むとき、ようやく計画の終章がはじまる。

こどもたちが眠る中、駅前を映していた画面の端に、人影が踊りだす。
転がる様な奇妙な動きで駅舎へと走る人影、それをあざ笑うように地面から腕が生え、からめとる。
助けを求めるように人の腕が突き出たが、それも黒い腕に巻きつかれ、影に捕らわれる。
多分、明日には無気力症の人間がまた一人増えるだろう。
幾月はそれにはひとかけらの関心も寄せず、空を見上げる。

大きく光る弓形の月、あと満月まで幾日か。

薄い笑みが張り付いた唇が、震えるように言葉を紡ぐ。



いまはおやすみ、こどもたち。
もうすぐくるのは、たたかいのとき。


イズミ060830


モドル