子供の頃。そう、まだ妹がいて、シンジもいて、三人で走り回っていた頃。 妹は、砂場で遊ぶのが好きで、いつも砂の山を作ってやった。 さらさらさら。さらさらさら。 日の光を吸って、暖かい砂を高い位置から落とす。小さな山ができると、いつも妹はトンネルを掘る。反対側から掘ってやると、途中で指先が触れ合う。 そうすると、妹はいつもにっこりと笑う。 指先と、砂。暖かく乾いた感触。 懐かしい。幸せな記憶。 夢の中で懐かしい感触に気がついて、目が覚める。 首が妙に痛くて、ベッドが窮屈で、何事かと思うと、隣に順平が眠っていた。 驚いて起き上がろうとして、手を握られていることに気がついた。 動かそうとした両手がしびれている。 人の両手をがっちりと握り締めた順平は、熟睡しているようで、目を覚ます気配もない。 なんだか楽しそうにニヤケて眠っている。 その寝顔になんだか苛ついて、強引に手を引き抜く。 「……ん、うむッ」 乱暴にしたのに、目を開ける気配もない。 むにゃむにゃと一言ばかり呟いて、それだけ。 コイツはなんでこんなに熟睡できるんだろう。 シングルベッドに男二人では寝辛いのが当たり前。しかし、順平は楽しそうに嬉しそうに 眠っている。数時間前、人の部屋に押し入って、強引にベッドに入り込んできたにも拘らず、 隣に眠るだけなんて嫌だ、何もしないでは眠れない、ちょっとだけでいいんで等等。散々騒いだ挙句、何もしないで(させなかった訳だが)眠った男とは思えない。 しびれた両手を揉み解しながら、順平の顔をしげしげと見つめてみる。 そういえば、こんな至近距離できちんと見たことがなかった。 改めて見ると、思っていたより随分と男らしい。 自分と違って、順平は、眉も、鼻も、唇も、しっかりとした男だ。 よく動く垂れ気味の目が閉じているせいか、精悍といってもいい顔つき。 僅かに微笑むような口元に指先で触れると、暖かい吐息が触れる。 少しだけ子供の面影を残した頬に触れる。鋭角な顎。少し伸び気味のあごひげ。 下ろしていった指先に喉仏が触れて、びくりと指を引く。 一瞬、電気が走ったように、しびれる。 順平の様子を伺うと変わらず眠ったまま。 抱き合うのも、キスするのだってもう慣れた間柄なのに、初めて触れたように緊張する。 身体の奥がむずがゆいような、おかしな居心地の悪さを感じる。 離れた手をもう一度伸ばす。ほんの少し顔を近づける。指は鎖骨を辿り、Tシャツの襟ぐり に触れて、止まる。 邪魔だな。 服が、邪魔だ。 そう考えて、どきりとする。 喉が渇く。 指を離して、腕に伸ばす。二の腕は高2にしてはかなり発達してると思う。 しっかりした腕を辿っていると、ふと、順平の匂いに気がつく。 男の体臭なんて部活で嫌というほど嗅ぎなれたものなのに、初めて、順平の匂いを意識した。 喉が渇く。早く何か飲まなきゃならない。 立ち上がって、財布を持って、部屋の外に出て、炭酸でも飲めば、喉の渇きもしびれるようなこの気持ちも、泡と一緒に喉の奥へ。そう思うのに、指先を離せない。 ベッドから、立ち上がれない。 順平の腕は、夢の中の砂を思い出す。 暖かくて、乾いていて、もっと触りたくなってくる。 袖口から指先を忍び込ませると、順平が身じろぎをする。 慌てて指を引くと、合わせたように目が開く。 「……眠ンないの?」 軽く眉を寄せて、半眼で低く呟くとまるで知らない男のよう。 ぐ、と両腕を伸ばして俺を抱き寄せる。 「…眠りなよ。朝まで、まだあるから…」額に唇をつけるように囁く。 いつもの順平とは違う、優しいけれど、どこか手馴れたような仕草。 さっきまでの喉の渇きも、指のしびれも、すべてが夢の中のように消えうせる。 腕を振り解いて起き上がると、順平が間の抜けた声を上げる。 「ふあ?え?あ、真田サン?あれ?どうしたの?」 目を擦りながら起き上がる。それはいつもの順平で。 俺は笑ってベッドから順平を蹴り落とす。 「いって!なにすんの!」 騒ぐ順平を横目でにらんで、ドアを指し示す。 「ちぇ……。わかりましたヨ……部屋に戻ればいーんでしょ」 しぶしぶといった風情で部屋を後にする。 閉じたドアを確認して、さっきまで順平が寝ていた場所に倒れこむ。 そこはまだ暖かくて。 まだ、いつもの順平が良い。 順平の匂いの残るベッドでひとり笑う。 俺が渇いて、耐え切れなくなるまで。 イズミ060923 |