荒垣サンが、入寮して、3日。 「スンマセン…。あの、話があるんスけど、ちょっと、いいスか」 カウンターに軽く凭れ掛かっている荒垣サンに、声をかける。 じろりと視線を投げてくるのに半歩後ずさりしそうになるが、気合で耐えた。 「ちょっとで、いいんで」 ちょいちょい、と2Fを指差す。 荒垣サンは一度視線を上げて、小さな溜息。 「面倒くせェな。ここじゃダメなのかよ」 言いながら、それでも2Fに向かってくれる。 「ども」と、後姿に小さく頭を下げた。 「で?」 右手で座れと指し示しながら、荒垣サンは口を開く。 向かい合わせにソファに腰掛けて、でも、最初の一言が口から出ない。 あ〜う、と言葉にならない唸り声を上げながら汗ばんだ両手をズボンにこすりつける。 この3日間、何十回も頭の中でシミュレーションしたのに、なんだってこんな体たらく。 こんなはずじゃなかったのに。その言葉ばかりが頭をよぎる。かっこわりいなぁ、俺。 「……話す気がねェなら、俺は部屋に戻るぞ」 荒垣サンは低く言って席を立とうとする。 「あ、あの、ちょっと、ぅ、…すんません、言います」 泡食って俺も中腰になる。ここは一つ、男見せるべきだ。 意を決して、切り出す。 「お二人は、どういったご関係なんスか」 「……はぁ?」 「いや、えと、真田サンと……幼馴染、なんスよね」 勇気を振り絞って聞いたが、盛大に不審気な顔をされた。 「てめぇは、どうでもいいことを聞くために、わざわざ呼んだのかよ」 顔を背けて、あからさまに舌打ちをする。ちくしょ。 「……まぁ、そんなとこです。え、え〜と、真田サンのこと…す、すす、すきなんです、か」 なんだかいたたまれなくなってきて、さらに変な汗をかく。 そんな俺をじろりと見て、荒垣サンは「あん?」と凄む。 びびった俺を置いて、本当に席を立って自室に帰ろうとする荒垣サンの前に、俺は急いで立ちふさがる。この機会を逃したら、この人は俺にもう教えてくれない気がする。 「いえないんスか、それとも言いたくないんスか」 真剣な顔で尋ねる俺を、値踏みするように上から下まで見る。 「……。」 「……。」お互い、にらみ合い。 腰が引けてしまいそうになりだした、そのとき、荒垣サンが珍しく笑う。 「今のお前にゃ、アキはやれねぇな」 「な、なに言うんスか!」 荒垣サンは、意外と言うか、なんというか、笑うと人の良さそうな雰囲気になる。 「もうチっと器の広い奴じゃねぇと、アキの隣は任せられねぇ。振り回されてばかりじゃ、 お前もしんどくなるだろうしな」 目元が懐かしいものを思い出すように優しく緩む。 「そ、そりゃ俺はまだまだスけど、でも、まだ時間はあるんで、頑張るし。え〜と」 しどろもどろになって要領を得ずに、それでも何かいってやりたくて頭を必死に回転させる。 そんな俺に、荒垣サンはにやっと笑いかけると「アキ」と一声。 一拍置いてもう一度。「おい、アキ」 俺に話しかけるよりは大きいけれど、それでもラウンジまでは届かないようなその声量に首を傾げそうになるその瞬間、とっとっと…と軽やかな足音が階下から上ってくる。 「シンジ、呼んだか?」 「小銭がねェ。貸せ」 「ん」 なに飲む?なんて気軽にいいながら真田サンが自販機に小銭を突っ込んでる。 俺は、ばかみたいにぽかんと口を開けてそれを見てる。 なんだこの光景。この二人。俺は邪魔者だって言いたいのか? 「おい、聞いてないのか?順平はなに飲む?」 我に返ると、荒垣サンは自販機の前にかがみこんでいて、真田サンがちょっとあきれたようにこちらを見ながら、500円玉を指先で弄んでる。 荒垣サンが缶を取り出して、立ち上がる。 僅かに見える横顔が笑いをこらえているように見えて、なおさら動揺する。 「あ、えと、」 「お前には奢ってやるよ。金、ないだろう?」 真田サンはぽんぽんと人の頭を叩く。なんだか得意げに見えるのはなんでだろう。 「なんといっても後輩だからな。面倒見てやらないと」 ……ガキ扱いか。 「俺、あなたに面倒は見てもらいたくありません」 すねた態度にはならないように、できるだけ虚勢を張る。 真田サンの左手が半端な位置で止まる。ビックリした猫みたいな顔でこちらを見る姿に、 なんだか傷ついて目を逸らしたくなる。 「俺、真田サンに面倒掛けたくないんです」 形のいい眉が顰められる。どんな言葉も聴きたくなくて、言葉を重ねる。 「はやく一人前になって、認めてもらいたいんです。あんたに」 いいながら、真田サンの左手を取る。両手で握り締めると、ちょっとして真田サンは笑う。 「そうだな。お前なら、すぐ一人前になれるさ」 優しい笑顔に勢いが加速する。あれ?なに?今わりとイイ感じじゃね? 「すぐにタルタロス探索のレギュラーメンバーになれる。がんばれよ」 真田サン越しに見える荒垣さんの肩が大きく揺れる。 明らかに笑いをこらえているその姿と、目の前で『まずはロードワークで基礎体力を…』 なんて嬉しそうに話している真田サン。 二人を見ていて気付いたことは、俺が惚れた相手はライバルよりも手ごわいって事。 とりあえず、幾ら振り回されても構わないように、ロードワークを頑張ろうと思った。 イズミ061109 |