過去日記に載せた小話です。 :高校生は夜も眠れず: 俺にそんなふうに笑いかけるのは油断してるからなんですか。それとも視界に入ってないからなんですか、なんて聞くのは、カッコ良くスタイリッシュな高校生活を送ろうと決めた中学生の俺を裏切る行為になるわけだし第一そんなこと聞いてあっさりと涼しい笑みで視界に入ってないなんて言われたらこれから先の高校生活、ひいては寮生活、さらには影時間での活動についてもお先真っ暗って云うか影響を禁じ得ないって云うか。 なんにしろ今だってテストの真っ最中、こんな事で点数稼げないのは分かっちゃいるけど俺の頭ん中は先輩先輩真田先輩どうして俺にちょっとだけ優しいんですかもしかして俺の事すすすす好きだったりしちゃうんですかそうですか、え?そんな俺たちまだ高校生だしそんなこと早いんじゃいやしかし恋愛にそんな制限バカバカしいですよね、で、す、よ、ね!美鶴先輩に見つかって処刑だなんて云われなければノープロブレムサンキューサンキュー。そんな感じで青春は勢いだ。なら勢いに乗ってる感じ?好きなんですいません突っ走っちゃいます先輩抵抗しないんですか良いんですか大好きです。 とかなんとか考えてるってのか妄想してるってのかよくわかんねー内にキンコンカーンって終了の合図が鳴り響いてはっと気がついたら目の前のテストは三分の二が空欄で案の定追試になって気分がくさくさするしその上アンタ部屋に上がり込んで来たんだから責任として朝まで一緒にいてください。なんて言っちゃって良いのかどうか迷ってる間にベッドで健やかな寝息たてられちゃって相変わらず悶々としてる俺。 :月を狩る物: それは、満月の翌日。 「今日は、皆疲れてるだろうからタルタロスは無しで」 リーダーの言葉に皆納得し、三々五々、思うままの日常を過ごしていた。 「今日は、月が見えないな」明彦が空を見上げて呟く。 「あー…。ホントですね。曇ってるわけでもないのに、なんでだろ」 テイクアウトした牛丼をぶらぶらと揺らしながら順平が答える。 「何か、悪いことでも起きるかもしれないぞ」 くすくすと笑い声を零しながら、冗談めかして話す。 「そりゃーカンベンしてほしいっすね…」 苦笑して。寮に帰って。食事して。眠って、終わるはずだった。今日。 影時間。 静寂を切り裂くような警報音。 『全員、作戦室へ集まってください!』 風花の切羽詰った声。 とるものもとりあえず、全員が4Fへと走る。 作戦室では風花がルキアの中で神経集中している。 「どうした、山岸?何があった!」 『いきなりすみません…。今、寮の周りにシャドウ反応が集中してます!』 全員が息を呑む。 「満月が過ぎたのに、シャドウ反応?」美鶴の硬い声。 風花が深刻な表情で首肯する。 『どれも小さいですが……数が、多すぎます。現在、40弱、増え続けています』 「40って……タルタロスでも一度にそんなに出ないじゃんか!一体なんだって!」 「風花にわかるわけないでしょ!順平はちょっと黙んなさいよ!」 「……岳羽、落ち着け。……とにかく、親玉はいるのか?」 『……すみません。解りません。でも、すべてのシャドウが寮を中心にして集まっています』 明彦が、両手を打ち合わせる。挑戦的な瞳を閃かせる。 「リーダー、どうする。現状で囲まれ続けるより、突破でも試みるか?」 「……そうですね」答えようとした瞬間。風花が顔を上げる。 『…反応、大きいです!』 「ウゥ!バウッバウッ!」 コロマルが身を低くして窓に向かって威嚇の声を上げる。 窓の外、ほの暗く、緑に光る空に黒い影。 「……シャドウ!」 全員に広がる緊張。 ばんばんばん。外から窓を打ち鳴らすように無数の黒い手形。 そのどれもが小さく、いびつで、ひしゃげたような形をしている。 無数の手が窓を叩く。ばらばらに叩いていた手が、次第に調子を合わせ始める。 窓は8割方が手に覆われ、空はもう欠片ほどしか見えない。 「風花、下がってアナライズ、荒垣先輩、順平、コロマル、前衛を!後はバックアップ!」 「……ち、しょうがねぇ」 「おお、俺の出番だな!」 「ワウ!」 陣形を整えようと動いたとき。叫び声に似た衝撃が部屋を揺るがす。 「いやぁ!」ルキアが消え、頭を抱えるようにして倒れる風花。 「風花!」「山岸?!」ゆかりと美鶴が駆け寄って抱き起こす。 「攻撃か…!」 コツン ばん。ばん。ばん。ばん。 コツン。コツン。コツン。 ばん。ばん。ばん。ばん。 コツン。 黒い腕の中。一つだけ、白い手が混じる。周囲のリズムとずれた、控えめなノック。 違和感を覚えて、美鶴が顔を上げる。 「……明彦?」 呆けたように立ち尽くす明彦。 目を見開いて、ただ窓を見る。 「……み、き?」 小さな声が零れ落ちた。 その小さな声に応えるように、黒い手がさっと分かれる。窓の向こうに現れた、長い髪をなびかせて微笑む少女。 「え…。何コレ、真田サン?」順平がポカンと口を開ける。 15,6歳の少女。色素の薄い髪をなびかせ、4Fの窓の外に、シャドウを従えて立つ少女は、明彦に良く似ていた。 「美紀ぃぃぃ!!」 走り出そうとする明彦を真次郎が抱きとめる。 「待て!」 「美紀、美紀が!」 「行くな!アキ!」 皆は、明彦の激昂にただ驚き、身動きが出来ない。 明彦は今までに見せたことのない、錯乱といってもいいほどの興奮状態でがむしゃらに手を伸ばす。 「美紀!美紀!美紀!」 「落ち着け!アキ!ミキはもういねぇ!」 真次郎だけが渾身の力で明彦を止める。 「どけ!シンジ!美紀が!」 「美紀はもう死んだ!10年前に!」 真次郎の叫び声に、ようやく皆が我にかえる。 窓の外、少女が口の端を持ち上げる。 微笑みの形にして、口を開く。 オニイチャン。 「美紀ぃぃぃぃぃ!!!」 叫び声に呼応するように、部屋を稲妻が走る。設置されていたモニターが次々とひび割れる。 窓が、稲妻に招かれたように一気に粉砕され、部屋の中に降り注ぐ。 電撃に痺れ、緩んだ真次郎の腕を振り切り、少女の下へと走る。 「ナタタイシ!」「ヘルメス!」「ネメシス!」 呼び出したペルソナは、窓からなだれ込んできた黒いシャドウに邪魔をされる。 部屋を駆け抜けるようにシャドウが通り過ぎ、影時間が終わったが、明彦だけが消えていた。 翌日。 一時限目の終わりに美鶴からのメール。 【やはり明彦は登校していない。とにかく、皆は通常通り一日を過ごしてくれ。放課後寮に集合。念のため一人では出歩かないこと】 携帯を閉じ、溜息をつく4人。 「なぁ……大丈夫だよな。」 「大丈夫って何よ」 「状況から察するに、真田先輩は敵の手に捉えられていると考えるのが妥当であります。『大丈夫』ではないであります」 「ちょ…アイギス!声が大きい!」 「……とにかく、今日の放課後。話はそれからだ」 教室にチャイムが響く。 放課後。 ラウンジに全員が揃う。皆沈痛な面持ちで、明るい午後の光が場違いに寮に差し込む。 「昼間、コロマルと一緒に町を歩いてみたが、アイツの足取りはつかめねぇ」 真次郎は明彦の手袋を弄びながら独り言のように呟く。 一緒に、一日中歩き続けたのだろう。真次郎の足元に疲れた様子のコロマルが伏せている。 「どうしたら…」 誰ともなく呟いたとき、明るい電子音が鳴り響く。 「あ、ご、ごめんなさい」 ゆかりが慌てて立ち上がり、電話にでる。 『あ、ゆかりぃー!いまウチらポロニアンモールにいるんだけどさぁー!』 電話の向こうの級友は明るい声で話し出す。 「ちょっとごめん、今立て込んでて…」 『あんたさぁ真田先輩、彼女いないって言ってたじゃぁん!何アレー』 切ろうとしていたゆかりの動きが止まる。背を向けた皆に振り返る。 「え?真田先輩?」 びり、と皆に緊張が走る。ゆかりは震える指で携帯をハンズフリーモードにする。 『そぉだよー!めっちゃ可愛い彼女いるじゃん。モデルみたい!』 「彼女…?二人で、歩いてるの?」 『うん、ついさっきすれ違ったんだけど、なんかいつもと違う雰囲気で声かけられなかったからー』 「いま、ポロニアンモールって言った?まだいる?」 『え、それが、なんか路地裏に入ったみたいで見失ってさ』 プルル、とまた電子音。 「リーダー、おまえんじゃね」順平に促され、電話に出る。 『……エリザベスで…ございます』 「なにがあった?」 『なんかさー、真田先輩、いつもと違ってちょっと怖い感じだったんだよね。黒いコートとか着ちゃってさ』 「黒い、コート?」 『ベルベットルームが、襲撃…されました。私どもは、傷を癒すまで、ひととき身を隠させて…いただきます』 「…まさか、それは」 『あれは、刈り取る者の異端者でしょうか…。油断、いたしました』 『そう!なんかさー、映画に出てくる吸血鬼とか、死神とか、とにかくそんな感じだったんだよ!超驚いた!』 ゆかりは携帯を取り落とす。 『彼は危険です。皆様も、十分にご注意を…』 『ちょっとー、ゆかり?聞いてる?もー!』 ふたつの電話は切れる。 その後、明彦の姿を見ることは出来なかった。 |