:marginal man:

境界線がどこにあるのか、昔から判らなかった。
勿論、今も。

「背中でもそもそすんな。うぜぇ」
「シンジが背中を向けるからいけないんだろ。こっち向けよ」

人のベッドに潜り込んできておいて偉そうな口調で言う。
その声には答えず、背を向けたまま目を閉じる。
口に出さないで不満顔しているのが背中越しでも伝わる。
もう高校3年にもなったというのに子供っぽい顔をしているんだろう。
昔から、黙っていれば人形のようだったのに、俺の傍にいるときはよく笑い、よく怒った。
俺と妹にだけは、コイツはいつでも特別だった。
笑い、怒り、わがままを言い、よく泣いた。
院には他にも仲の良い奴らもいたのに、なぜ俺なのか、その境界が判らなかった。

溜息をついて、身体を反転させる。パァと顔を輝かせて、ここぞとばかり貼り付いて来る。
くふふ、と妙な笑い声を出して笑う。「…気味が悪ぃな」
「いいんだ。満足してるんだから」
くっついてアキは笑う。
ち、と小さく舌打ちをしてアキの肩に手を回す。
抱き込むと身体の凹凸がぴったりと重なる。

「電気、消すぞ」
「ああ」

手を伸ばして、蛍光灯のリモコンを操作した。
明かりの落ちた部屋。暗闇の中で体温が溶ける。
境界線が、消えた。


:poisonous plant:

「これ、食ってください」
帰宅して、夕飯に買ってきた牛丼を食おうと包みを広げた時、ソファの後ろから手が伸びてきた。
順平の手には青い林檎。
首をめぐらせながら受け取る。
「どうしたんだ?」
自分としては、この林檎をどうして入手することになったのか聞きたかったのだが、伝わらなかったらしい。
「どうもしてねっスけど、真田サンに林檎似合うかなーと思って」
「似合う?」
「ホラ、白雪姫ってあるじゃないスか、アレ思い出して。ね?似合うでショ」
後ろからなつくようにくっついてくる順平。その顔に林檎を押し付ける。
「この林檎を食ってもう一度考え直せ」
「ひれぇーい」
「ひどくない」
強く押し付けると、観念したのか林檎を受け取り順平が少し離れる。

しゃり。

受け取った林檎を一口かじる。順平の歯形がついて、一部分欠けた林檎。

「一口どっすか、毒は入ってないですよ」
話しながら、ごく自然に手を伸ばす。俺の顔の前に、口のついてない部分を差し出す。

「あたりまえだろう」言いながら、顔を近づける。
少し顔を傾けて、順平のかじったすぐ上にかぶりつく。口の中に広がる果汁。
ごくりと順平の唾を飲む音が聞こえた。

「食っちゃっても、いいスか」
何を食いたいのか意図は掴めなかったが、「ああ」と答えた。


モドル